見えないモノが見えてくる
- いっきゅう

- 2月23日
- 読了時間: 4分
我がお師匠さんは、たいへんな読書家でした。
晩年でしたか、『大往生したければ医療と関わるな』という本のことを良く話をされてました。
作者の中村医師が家に棺桶を置いて、その中に入っていろいろ物事を考えるいうことについて、こんなことを仰いました。
「『見えないモノが見えてくる』っていうのはな、特別な事じゃねえんじゃ。
例えば、今まで桜は綺麗と思ったことはないような人が、ある時を境に桜が綺麗に見えてくる。そういう『見えないものが見えてくる』ということなんじゃ。
この人がやっとるように棺桶に入ってみい、見え方が変わるぞ」
私はそれを覚えてまして、五十歳の誕生日に買いました。
そう、棺桶。
入ってみたら真っ暗で思ったより狭かった。
あっちに持って行けるものは何にもない。この世で最後はここなんだな、と。
ちょっと見方が変わった気がした。
こればっかりは入ってみた人にしか分からない。
知人にこの話をしたら、「興味ある!入ってみたい」っていう人もいる。
「なんか怖いような、興味があるような。でも入ってみたい」って人もいれば、「私はけっこうです」って人、「最近身近な人を見送ったばかりので、ちょっと今は無理」そんな人も。
うちに棺桶を体験しに来たのはこれまで11名。 感極まり涙を流したり、家族や大事な人への愛情が込みあがってくる人、仕事に向き合う決意ができた人、やりたいことを実現する勇気が生まれた人も。

参加した人の感想は次のようなものです。
○ 棺桶の窓を閉められる瞬間思ったこと。「あぁ、やっと終わったんだなぁ〜〜」という安堵。
(念の為!ふだん死にたいと思っているわけではなく、死は今世のお役目が終わったときに訪れるのかなぁと思っているので そのときを迎えたんだなぁ〜という安堵です。そして、今の時点では後悔など浮かんでこなかったので、なんやかんや言いながら、結構わたしがんばって生きてるんだなぁと自分を労うことができました。
昨日の続きを今日生き、今日の続きを明日生きる そんな風に思いがちでしたが、やっぱり肉体には終わりがある、そして それは いつ と予測できるものでもないんだ ということを体感させてもらいました。
本番を迎えるときにも、「やりきった〜!」と旅立てるように 日々を精一杯生きよう💖と思いました。貴重な生き直しの体験をさせてもらい感謝です。(40代女性)
夫婦で来た人がこういう感想をくれました。
自分が亡くなる時のことだけではなく、旦那さんを見送る時のことも味わえたんだそうです。
○ 苦しさ 悲しみもありましたが じんわりと雲の上で包まれている感覚感情になりました。次に体験する時は自分が好きなもの ぬいぐるみ もの布団を持って参加してみたいです。(20代女性)
大切にしたいこと、ないがしろにしてること、やり残していること、いろんな気づきがいっぱい。
いつまでも昨日の続きを生きているような気持ちで過ごしていたら、人生勿体ない。日々がさら。どんな今日にするかは自分次第なんですね。
人は期限があるからこそ本気で何かを考えられます。
ひつぎに入ろうが入るまいが、大切なことは、普段見ようとしていないことを見ること。
ちょっとこの記事を読むのを止めて、イメージしてみてください。
「あなたはあと一ヶ月のいのちです」って医師から言われたとしたら?
残り時間がそれしかない中で やらないといけないことは何でしょうか。
生きてる間にこれをやらなかったら絶対に後悔する。その思いがすごく強いものはあなたが本当にやりたいことだと思います。
「これをやれたらすごく幸せで、充実した気持ちになれる。これをやれなかったら絶対に悔いが残る」ということを自分はすでに知っているはずなんです。
でも、普段はまだ時間があるから先延ばしにしていて。
そんな私たちなのではないでしょうか。
また、悔いのない一生を終えるには「絶対やりたいこと」だけでなく、「やっておかなければならないこと」もあります。
他人に見られたら恥ずかしい物を処分したり、貯金通帳の保管場所を家族に教えたり、お世話になった人に挨拶したり。
人の一生は永遠ではない。
それを私たちはそのことを忘れて過ごしています。
普段は向き合うことの少ない「限られた時間の中でこれはやっておきたい」と思うことは何でしょうか。
見えないものが見えてくる白木の箱。
それが棺桶でした。


