top of page

友達の「昇進したよ」の一言で


人の幸せを、腹の底から喜べる人間に 私はなれてへんかった。

ながいこと、そのことに気づかんふりをしてた。


____

昔の人の言葉に、こんなのがあるんです。


「上農は草を見ずに草を取る。 中農は草が出てから草を取る。 下農は草が出ても草を取らん。」




そしてもうひとつ。



「本百姓なら、草の山からでも米をとる。」




当時のお百姓さんには、農機械も農薬もない。

頭を下げて、手ではいながら、稲株の周りをかなぐり取っていく。 汗が逆さに流れて容易な苦労じゃなかった。



かなぐり取った草は、再び泥の中にねじり込み肥料としたんだとか。 邪魔者が、次の実りの糧になるんですね。 ほんに、うまいことできてるわ、この世は。

そんな中で、つかの間の休憩木陰に集まって一服のお茶をいただきます。 熱いお番茶を飲みながら、青田を渡る一陣の風に 思わず知らず

「良い風やなあ。ありがたい」


_____ これ、どろんこで生きてきた人にしか、出てこない言葉やと思う。

涼しい部屋でうちわをパタパタさせてる人には、風はただの「風」やから。

これ楽したらアカンって話ちゃいますよ。


精一杯生きていたら —  



ほんまに、景色が違って見えてくる、ということです。



_____

先日、リアルで久しぶりに会った友達。 あ、来てたんや 思ってたら、向こうから駆け寄ってきて教えてくれました。


「昇進したよ」

たったそれだけ。 なのに、私まで泣きそうになってしもうた。


この2年、彼がどれだけ踏ん張ってきたか、見てきた。 何度も折れそうになって、それでも折れへんかった。

報われた。ほんまに、報われた。

そのとき、ふと気づいたんです。

「ああ 人の成功を、こんなに喜べるようになってる。オレ」 って。

前までの私、どこかで比べてた。どこかで羨ましかった。 「なんでアイツが」って、薄暗いところでくすぶってる自分が、以前は確かにおった。



そう3年前ぐらいまで



それが今 —

友達の「昇進したよ」の一言で、泣きそうになってる。

何が変わったんやろ、と思ったとき。

自分の大切にしたいことを、ちゃんと大切にしながら生きてきた、ということに気づいた。そしたら仲間が増えた。 その仲間と、それぞれの持ち場で、それぞれのやり方で頑張ってきた。



そのうちに —

 「自分って、ええな」と思えるようになった。


「オレたち、ええよな」と思えるようになった。


「ここにおってええんや」と思えるようになった。


「貢献したい」と、自然に思えるようになった。




泥の中から顔を上げた人間だけが、 風を「ありがたい」と感じる。



自分の中が満たされた人間だけが、 他人の喜びを「自分のこと」として感じる。


同じ話やわ、これ。


生き力(ぢから)が育った —   …ちょっと格好よく言いすぎたかな。でも、ほんまのことやから、ええか。

今日も日は昇り、また日が沈む。

そのくり返しの中で——あなたの中にも、ちゃんと育っているものがあるはずです。

泥だらけで、汗だらけで、それでも手を動かしてきた、あなたの中に。


 
 

神さま、おるで。

-ここは、あなたに戻る場所ー

bottom of page