友達の「昇進したよ」の一言で
- いっきゅう

- 5月10日
- 読了時間: 3分
人の幸せを、腹の底から喜べる人間に
私はなれてへんかった。
ながいこと、そのことに気づかんふりをしてた。
____
昔の人の言葉に、こんなのがあるんです。
「上農は草を見ずに草を取る。 中農は草が出てから草を取る。 下農は草が出ても草を取らん。」
そしてもうひとつ。
「本百姓なら、草の山からでも米をとる。」
当時のお百姓さんには、農機械も農薬もない。
頭を下げて、手ではいながら、稲株の周りをかなぐり取っていく。 汗が逆さに流れて容易な苦労じゃなかった。
かなぐり取った草は、再び泥の中にねじり込み肥料としたんだとか。 邪魔者が、次の実りの糧になるんですね。 ほんに、うまいことできてるわ、この世は。
そんな中で、つかの間の休憩木陰に集まって一服のお茶をいただきます。 熱いお番茶を飲みながら、青田を渡る一陣の風に 思わず知らず
「良い風やなあ。ありがたい」

_____ これ、どろんこで生きてきた人にしか、出てこない言葉やと思う。
涼しい部屋でうちわをパタパタさせてる人には、風はただの「風」やから。
これ楽したらアカンって話ちゃいますよ。
精一杯生きていたら —
ほんまに、景色が違って見えてくる、ということです。
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先日、リアルで久しぶりに会った友達。 あ、来てたんや 思ってたら、向こうから駆け寄ってきて教えてくれました。
「昇進したよ」
たったそれだけ。 なのに、私まで泣きそうになってしもうた。
この2年、彼がどれだけ踏ん張ってきたか、見てきた。 何度も折れそうになって、それでも折れへんかった。
報われた。ほんまに、報われた。
そのとき、ふと気づいたんです。
「ああ 人の成功を、こんなに喜べるようになってる。オレ」 って。
前までの私、どこかで比べてた。どこかで羨ましかった。 「なんでアイツが」って、薄暗いところでくすぶってる自分が、以前は確かにおった。
そう3年前ぐらいまで
それが今 —
友達の「昇進したよ」の一言で、泣きそうになってる。
何が変わったんやろ、と思ったとき。
自分の大切にしたいことを、ちゃんと大切にしながら生きてきた、ということに気づいた。そしたら仲間が増えた。 その仲間と、それぞれの持ち場で、それぞれのやり方で頑張ってきた。
そのうちに —
「自分って、ええな」と思えるようになった。
「オレたち、ええよな」と思えるようになった。
「ここにおってええんや」と思えるようになった。
「貢献したい」と、自然に思えるようになった。
◇
泥の中から顔を上げた人間だけが、 風を「ありがたい」と感じる。
自分の中が満たされた人間だけが、 他人の喜びを「自分のこと」として感じる。
同じ話やわ、これ。
生き力(ぢから)が育った — …ちょっと格好よく言いすぎたかな。でも、ほんまのことやから、ええか。
今日も日は昇り、また日が沈む。
そのくり返しの中で——あなたの中にも、ちゃんと育っているものがあるはずです。
泥だらけで、汗だらけで、それでも手を動かしてきた、あなたの中に。


