おかえり ―ただいまって言えること―
- いっきゅう

- 5月1日
- 読了時間: 3分
心ほどく言葉 若葉の季節に
知ってましたか。私は知らなんだ。 あの「鯉のぼり」の童謡、じつは昭和30年代に静かに書き換えられてるんです って。
もともと、 真鯉(黒い鯉)はお父さん、 緋鯉(赤い鯉)は子ども やったんですな。 武家から生まれた行事やから、男親と男児を表してた。 で、お母さんの鯉は、どこにもおらんかった。
それが大戦後、時代の変化とともに小さな青鯉が加わって、緋鯉が「お母さん」に、青鯉が「子ども」に—。
誰かが「これからは家族で泳がせよう」と思ったんでしょう。
歌の中の家族が、ゆっくりと形を変えていった ってわけです。

風に乗って泳ぐ鯉のぼりを見ていると、気持ちまでスーッと軽くなる。
あの姿、ただ揺れてるだけやのに、滝を登る力強さまで感じてしまう。 不思議ですねえ。
GWのこの時期、各家々に泳ぐ鯉のぼりを見ていると、なんやほっこり。
帰省した子どもや孫たちを、「おかえり」って迎えているみたいで。なんやか 鯉のぼりが、家族を呼んでいるみたいに見えてくる。
ふと、子どもの頃のことを思い出しました。
大好きなカレーライスを食べていると、祖父母が「おかわりせえよ」と笑ってくれた。三杯も食べたら「大きくなるわい」と、祖父ちゃん祖母ちゃん ほんまに嬉しそうやった。
あの頃は好きなものばかり食べていたけれど、大人になってわかる。 身体を強くするには、嫌いなものも必要やったんやなって。
これはどんだけ年を重ねても、同じことやと思う。
人はどうしても、自分に都合のいいものだけ選びたくなる。嬉しいことは「神様のおかげ」とか、「どんなもんだ。頑張ったよ私」って。そして、しんどいことは「なんでや」となる。
でも、本当は逆かもしれへん。 しんどいこと、嫌なことこそ、力をつけるために与えられている。
親が子どもに栄養のあるものを食べさせようとするように、神様もまた、私たちに必要なものを与えてくださっている。
だからこそ、何が起きてもこう受け取ってみる。
「これも、いただきます」と。
すぐには飲み込めへんこともある。 けど、よく噛んで、ゆっくり受け入れていく。
そうやって、自分の力に変えていく。気がついたら、少し強くなっている。 少し大きくなっている。
まるで柱の傷を見て、昔の自分と背くらべするみたいに、ああ ってふと気がついたりして。
――――
鯉のぼりの「家族」が時代とともに形を変えながら、 それでも空高く泳ぎ続けたように。私たちもまた、変わりながら、大きくなりながら、泳いでいく。
「よう頑張っとるな」
そんなふうに、神様に声をかけてもらえるような毎日を この若葉の季節に重ねていきたいです。 ――――
あなたはもう十分、泳いでいる。 それも 思てる以上にでっかく、力強く。 「ただいま」って、ひとこと言えたら それで十分。


