白っぽい桜でええやんか
- いっきゅう

- 2 日前
- 読了時間: 2分
おはようございます😊春ですね。
ええ朝やのに、なんや気持ちが追いついてへん日、ありますよね。 (ない人は、それはそれで立派やけど)

このあいだ、「見え方の専門家」いう人に会いまして。
ちょっと身構えながら聞いてたんですけど、ぽろっと本音が出てしまったんです。
「桜って、なんか白っぽく見えて、 みんなほど感動できへんのですわ」って。
そしたらあっさり、
「それ、DNAの影響ですね。そう見える人、一定数いますよ」って。
…え、そうなん?
毎年ちゃんと咲いてくれてるのに、こっちは毎年ちょっとだけ「なんでやろ」って思ってたのに。
でもその一言で、すーっと力が抜けたんです。
なんや、間違ってたんは“見え方”やなくて、そこにダメ出ししてた自分やったんやなって。
そういえば前に、あぜ道でうずくまってる人がおって。
「大丈夫ですか」って近づいたら、ただ夢中で、つくし採ってただけやった。
あのとき思いました。
世界って、見え方ひとつでまるで変わるんやなって。
心配に見えるもんが、誰かにとっては楽しみやったりする。
しんどそうに見える姿が、幸せのど真ん中やったりもする。
桜も、きっと同じ。
うす紅の夢みたいに見える人もいれば、白に近い、しずかな光に見える人もいる。
どっちが正しいとか、そんな話じゃない。
ただ、「そう見えてる」だけ。

――ここからが、本題です。
もし今、「なんで自分はこう感じてしまうんやろ」「なんでみんなみたいにできへんのやろ」って自分を責めてるなら。
それ、責めるところちゃいます。
見え方も、感じ方も、あなたの“持ち味”やから。
ズレてるんやなくて、違ってるだけ。
そしてその違いは、ちゃんと意味があってそこにある。
せやからまずは、直そうとする前に「そうなんやな」って受け取ってみてほしい。
それだけで、心はだいぶ軽くなるから。
がんばっても報われない。満たされない。 ちゃんと生きてるけど、なんか違う気がする。
そんな人は、外の正解に合わせるより先に、自分の感じ方を取り戻すところから。
そこ整えたら、生き方はちゃんと変わる。
ひとりで難しかったら、そのお手伝いもしています。
あなたの“見え方”を、ちゃんと活かせる形で。
ほな、ええ春をお過ごし下さい


