母の日の短歌
- いっきゅう
- 2024年5月10日
- 読了時間: 2分
「サラダ記念日」で有名な俵万智さんの子育てをテーマにした短歌があります。
今回はその中から三首紹介させて下さい。

振り向かぬ子を見送れり振り向いたときに振る手を用意しながら
「親」という字は 木の上に立って見る と書くように、家から出発していく子供の姿が小さくなるまで見送っている。
その心持ちはただ「がんばれ」と願いを込めて背中を押して送り出すだけではない、「大丈夫か」心配な気持ちとない交ぜなものなのですね。
そして、さらにいつでもサポートできるように心の準備をしている。
そんな「いってらっしゃい」の声を、この短歌を読んで思い出しました。
最後とは知らぬ最後がすぎてゆくその連続と思う子育て
当たり前の日常なんて、ないのですね。一瞬一瞬が二度と無い場面。 とはいえ、子育てにはきっと大変な思いもある。
早く大きくならないものか、早く楽にならないかと急いだり焦るときもある。 日々の日常に埋没して、いつまでも一緒にいると錯覚してしまうことも。
そんな時この歌を思い出して、この一瞬一瞬をアリアリと味わって喜ぶことをしたいものですね。
たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやるいつかおまえも飛んでゆくから
「ケセラセラ息子二人は嫁のもの」という川柳を思い出しました。
一抹のさみしさ、親としての寂寥感、そんなものも含みつつ「しっかり背中を押してやろう」という親としての覚悟も感じる歌。
僕の師匠の師匠にあたる先生が、晩年お弟子さんたちについて「穴を出て思い思いに蟻は行く」と詠んだとか。
それぞれのお弟子さんたちが進んでいく背中を「どうぞ」と拝んでおられる気持ちが伝わってくるように思います。
師匠は亡くなってはや6年。今の僕の姿を見てどう思ってるだろうか。
五月母の日。親に思われている事を思います。