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執筆者の写真いっきゅう

鏡の前で

 7月が始まりました。どうやら、今年の夏も猛暑となりそうです。

 溶けてしまいそうな暑さの中でも、凛とした態度で過ごしたい。


 と思うのはいつものことですが、これがなかなか・・・。



 今日は作家の田辺聖子さんのエッセー、「唐鏡」から抜粋した文章を紹介させて下さい。



― 私は女のお化粧というのは、本来ひとりでに鏡に向かって、ゆっくり行うべき、神聖行事と思う。


 出勤前に時間がなくて電車内であわただしくする人は、も少し早く起床して下さい。

 お化粧は自分自身との対話。顔色から今日の健康の状態も分かる。もし昨日、不快なことがあっても、一夜眠れば、人間というものは復元力が強いから、イキイキと再生する。


 肉体・精神の不調で再生が難しい人は、自己暗示をかけて下さい。自分で鏡を見て(なんて美しい)とか(かっわゆい!)と思って下さい。


 これは王朝の昔からで、清少納言は枕草子の中で「心ときめきするもの」の一つに、「唐鏡の少しくらき見たる」をあげている。舶来の上等の鏡だけど、少し曇りがきている。そこに映る自分の顔は、欠点がかくれ、(あたしってこんなに美人だった?)と心ときめくのである。


 化粧水もクリームも、しみじみ、自愛の手つきで使いましょう。

 お化粧は決して、そそくさと事務的にしてはダメ。また自分自身との対話だから余人を交えてはダメ。


 本来、お化粧する時は怒り声や悪いことを耳にせず、もちろん自分でも悪言を吐かず、鏡台には一輪でも花を飾り、目に醜悪を見ず、心に悪意を持たず美しいことだけを思う、精神性の強い作業。


 お化粧は自分自身を大切にする作業である。個人の美しき秘め事である。そして自分を護るものである。―





 「鏡を見る」とは、かんが(鑑)みるということ。つまり自分をふり返ってよく考えてみること。

 かつて鏡は「姿見」とも言い、体の姿も見て直さねばなりませんが、心の姿も見て直さねばならなかった。着くずれが恥ずかしいように心の乱れは尚恥ずかしい、と。  

 

 神聖行事であるという感覚は、時間に追われる忙しい現代では忘れられた感覚ではないでしょうか。どんなに忙しくとも、日々そういう神聖な時間を持ちたいものですね。


 自分で自分に言い聞かすことは、自分を仕立て直すために大切な事です。毎日の朝夕の繰り返しが自分を生まれ変わらせてくれます。


 これは男女問わず、鏡の前でしていきたいものです。


 「暑さの中でも涼やかな笑顔を忘れない」これが私の今夏のテーマ。毎日鏡の前で笑顔のチェックです。

 



 

教祖御理解 八十八節


『 昔から親が鏡を持たして嫁入をさせるのは 顔をきれいにする許ではない 心に辛い悲しいと思ふ時 鏡を立て悪い顔を人に見せぬやうにして 家を治めよと云ふ事である 』



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