雑草
- いっきゅう

- 8月23日
- 読了時間: 2分
「この酷暑の中、元気なのは雑草だけ」。誰かがそう言ってました。
うまいこと言う。
踏まれても、踏まれても、また立ち上がる。
雑草って、そんなイメージがありますよね。でも、どうやらそれは人間の勝手な美談だそうです。
雑草にとって大切なのは、「立ち上がること」じゃない。 花を咲かせ、種を残すこと。

だから、 踏まれたなら、その足に種をくっつけて運んでもらう。
立ち上がれないなら、踏まれた状態で花を咲かせようとする。
「踏まれた…😭どうしよ〜」ではなく、 「お、こういう手があるか」と、踏まれたことさえ利用する。
押してもダメなら、引いてみな。かなりしたたか。
これこそ、雑草魂といえるのではないでしょうか。
私の大切にしている「寄り添う傾聴スタイル」も同じです。
まずは、 「しんどい!」「悔しい!」「もう嫌や!」 をちゃんと出し切る。
そのうえで、
「で、どうしたい?」 「じゃあ、どうしてみる?」
感情を消すんじゃない。 感情も材料にして、次の一手を一緒に探す。 そんな雑草根性。
我慢して耐え抜く根性じゃない。
踏まれたら、踏まれたなりに使う。倒れたら、倒れた場所から咲く。
コツは、喜怒哀楽を無視しない。
感情をいったん出し切ると言うことなんです◎
だってそれも神様からいただいた大切なものだから。


