もともとそこにあったものに気づくだけ。
- いっきゅう

- 6月1日
- 読了時間: 1分
先日参加した京都のツアーが面白かった。
案内の人が、お茶室とか数寄屋建築を専門としてきた
一級建築士の方だったんです。
でね、「 なぜこの門の扉は三枚の板なのか」 っていう建築視点で教えてくれる。 同じ建物を見てるのに、見える世界がまるで違います。 足元の石の配置や並べ方に、こんな意味があったとは。
人は「何を見るか」より「誰と見るか」やなぁって、
つくづく思いました。

その人の目を借りた途端、
今まで見えてなかった世界がバッと広がる。
だから私も「何かを教える人」じゃなくて、
「こんな見方もあるよ」って一緒に世界を眺める人でいたい。
お宮も、瞑想も、日常も同じ。 新しい何かを付け足すんじゃなくて、 もともとそこにあったものに気づくだけ。
「ずっとおったんか、そこに。」 そんな発見を、一緒に面白がれる時間 つくっていきたいなあって思うのです。


