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もともとそこにあったものに気づくだけ。


先日参加した京都のツアーが面白かった。 案内の人が、お茶室とか数寄屋建築を専門としてきた 一級建築士の方だったんです。

でね、「 なぜこの門の扉は三枚の板なのか」 っていう建築視点で教えてくれる。 同じ建物を見てるのに、見える世界がまるで違います。  足元の石の配置や並べ方に、こんな意味があったとは。


人は「何を見るか」より「誰と見るか」やなぁって、 つくづく思いました。

その人の目を借りた途端、 今まで見えてなかった世界がバッと広がる。 ​ だから私も「何かを教える人」じゃなくて、 「こんな見方もあるよ」って一緒に世界を眺める人でいたい。 ​

お宮も、瞑想も、日常も同じ。 新しい何かを付け足すんじゃなくて、 もともとそこにあったものに気づくだけ。

「ずっとおったんか、そこに。」 ​ そんな発見を、一緒に面白がれる時間 つくっていきたいなあって思うのです。

 
 

神さま、おるで。

-ここは、あなたに戻る場所ー

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